京都市、中京区/下京区/ 滋賀県、草津市/栗東市の鍼灸は「なかむら第二針療所」と「草津栗東鍼灸院」で。不妊症、脱毛症、難聴、自律神経系疾患は当院で! 茨木市、高槻市など大阪、兵庫からも多数来院されています。

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鍼灸の歴史と未来

1.伝来~江戸時代

 鍼灸は、湯液(とうえき・漢方薬のこと)、養生と共に東洋(漢方)医学の一分野として三千年位前に中国で発祥し、日本では414年に天皇の病気のため新羅(しらぎ・現在の韓国の一部)から呼ばれた医師が鍼で治療したのが最初とされています。その後、遣隋使などにより数々の医書が輸入され、奈良時代には鍼博士の職制が定められました(791年)。この頃から医療は鍼灸と湯液が主流になります。

 平安時代の894年に菅原道真公の進言によって遣唐使が廃止される頃、日本独自の文化が成熟期に入ります。そして984年には医博士、鍼博士の丹波康頼(912~995)が日本最古の医書である「医心方」全30巻を著し、医学の原型を作り上げました。(今熊野に医聖堂というお堂があり、1984年には医師会によって歴史上の名医と「医心方一千年の記念に」という顕彰碑が建てられました。日本の医学はこの丹波康頼から始まったのです。お近くに行かれたときには一度ご覧下さい。)

 その後、多くの名医が鍼灸で人々の健康に貢献し、江戸時代には将軍綱吉に、鍼灸医術の振興を命じられた杉山和一という鍼医が管鍼法(俗に言う日本鍼。細い管を使って鍼をする方法で、これにより刺すときの痛みが減った。)を開発し、独自に発展していきます。また、この頃、オランダ医学が日本に入り始めますが、その蘭学医らは日本で鍼灸を学び、帰国後ヨーロッパにおいてそれを伝えたとされています。かのシーボルトもその一人でした。このように日本においては東洋・オランダ両医学が刺激しあいながら、発展を遂げていきます。

2.明治~昭和初期

 明治時代に入ると、医療に限らず今までの伝統的なものは全て政府の欧米化政策のもとに排除される方向に動き始め、1874年(明7)に医制が発令され、西洋医学7科を定めましたが、その中には漢方は含まれていませんでした。そんな頃、当時の内務省は脚気の患者で西洋東洋両医学による効果の判定をさせたりしましたが、これは東洋医学の特性を全く無視した西洋医学有利の方法であったと言えるでしょう。(脚気という病気自体が薬剤中心の西洋医学に有利な病気である事は明白です。)そして、1880年には療術業者取締令が発せられ、漢方医学は医療システムの中から完全に葬り去られたかのように見えました。しかしそれまで人々の健康増進に力を発揮してきた東洋医学は、そんな政府の方針に屈することなく逆に漢方医学存続運動が高まってゆきます。

 また政府は盲唖学校に職業科を設け、そこで鍼灸を視力障害者の職業に位置づけていきます。明治以前には、按摩は視力障害者の職業として普及していましたが、それが鍼灸にまで広がったのはこういった明治政府の政策によるものです。しかし、行政の波にさらされながらも、現在の鍼灸理論の基礎がこの頃、鍼灸医学を排除した西洋医学による各種検査や治効判断法によって証明されてゆくのは一種の皮肉であったと言えるでしょう。

3.第二次世界大戦~現在

 終戦後、米占領軍のマッカーサーは鍼灸按摩などの禁止を日本政府に対して指示しました。これにより再び東洋医学は滅亡の危機にさらされましたが、この頃の鍼灸医学は鍼灸師のみならず、医師の中にも鍼灸の存続に尽くす人があり、多くの人の努力により、逆に鍼灸師に関する法律ができたのです。これは今まで蚊帳の外でしかなかった鍼灸が初めて法律の中、即ち医学の一分野として認められたのです。

 この頃から鍼灸に関する研究が盛んに行われはじめます。京都でも京都大学医学部生理学教室がその先陣をきって鍼灸を研究し、現在の理論の基礎を築きました。また、鍼灸師会、学会、学校が設立され、その基盤が整い、1965年には東京において国際鍼灸学会が開かれるに至ります。1970年代に入ると中国の鍼麻酔の報道で世界中に鍼灸ブームが巻き起こり、欧米でも鍼灸が認められていきます。そして鍼灸医学は世界的視野に立ち、国際鍼灸学会が4年毎に北京、パリ、京都、ニューヨークと次々に開催されています。そんな中で国際連合の世界保健機関(WHO)が鍼灸医学の発展と効果を評価して、その適応疾患(鍼灸治療が効果を発揮する病気)として40以上の病気を定めたのは、鍼灸医学がもはや東アジアの医療から世界の医療へと発展した証拠と言えるでしょう。

4.鍼灸の現在未来

 このように鍼灸医学はこの数十年の間で世界的地位を獲得するに至りました。例えばフランスやニュージーランドなどでは、多くの人々が肩こりや腰痛だけでなく、使用している薬剤を減らす為などにも鍼灸治療を受け、その多くの人が鍼灸に肯定的と言われています。イタリアでは、例えば偏頭痛に、鍼灸を積極的に利用すればどれだけの医療費を抑制できるか、などの試算も行われたりしています。欧米では東洋医学は新しい医学なので、良いものはどんどん取り入れているのです。実際に、外国人に「I’m an acupuncturist.私は鍼灸師です。」と言っても、「What is it? 何それ?」と問い返されたことはありません。それ位、世界中に浸透してきているのです。

 東洋医学というものは「気」の存在を大変重視します。しかし、気が目に見える物ではないので、現代医学では非常に捉えにくく、それが東洋医学の研究を遅らせていると言えます。事実、患者さんが「鍼に行っている。」というと、「そんなん、痛みで痛みをごまかしてるだけや。」などと言われることもしばしばあるようです。確かに人間には暗示、プラセボ効果などがあります。そこでアメリカでは積極的に動物への鍼治療が試みられています。動物にはそんな暗示は効かないからです。そして、素晴らしい効果をあげているのです。日本でも、乳牛の乳の出が悪い時にお灸を行なって効果をあげています。これらの事実から、「気」はなんだかわからないけど東洋医学は確かに効くようだ、というのが世界中の趨勢になりつつあります。

 「気」という概念も、一部のしかし熱心な医師達によって解明が試みられています。たとえば、「キルリアン写真」です。指先を感光紙につけて瞬間的に高周波高電圧の電流を流すと指先から放射される電気が感光紙に写ります。そして、その写った像の状態によって、体の悪いところがわかるのです。これは、東洋医学で言う処の「良導絡」という概念と奇しくも大きな類似点が見られます。しかも驚くことに、この写真は死後も写るのです。高齢で病気で亡くなった場合は死後約36時間程度、事故死で2、3日、自殺なら1週間近くまで写真が撮れるそうです。これは、肉体の死イコール生物全体の死という西洋医学の概念とはかけ離れています。どちらかというと、REINCARNATION(輪廻)、魂といった概念に近づいてしまうのです。しかし、現代医学の論理的基盤となる科学的証明がこのような事実を突きつけている以上、我々はそれが何であるかを、真剣に受けとめなくてはなりません。

 さてさて、話が大変横道にそれてしまいましたが、我が日本ではどうでしょうか。全国民のうち鍼灸治療の経験者は7%と言われています。副作用もなく安全でこの素晴らしい鍼灸治療を、経験もなく「痛いから」とか、「怖い」と言って放棄してしまわないで下さい。初めて治療を受けられた方の殆どの方が、「なんだ、こんなものだったのか」と言ってそれほど痛みを感じておられません。だから、食わず嫌いは損なのです。事実、東洋医学とは無縁の某大学病院で、外科の医師が術後の痛みのコントロールに鍼を使っていたり、内科の医師は「風邪にはこれに限る」といって漢方薬をのんでいたり、と隠れ東洋医学ファンが医師の中にも増えてきています。

 また、鍼灸は治療代が高い、というイメージがあります。確かに現在、鍼灸治療を保険で行うには幾つもの制約があり、それが結果として普及の妨げになっています。例えば、鍼灸の保険治療は腰痛、頚腕症候群、五十肩、リウマチ、神経痛、頚椎捻挫後遺症等(俗に言うムチウチ)の6つの病気だけです。世界保健機関が、こんな時は鍼治療が効果的です、と定めたのは40疾患以上あるのに、鍼灸で千数百年の歴史をもつ日本でなぜか6つしか認められていないのです。

 また、鍼灸の保険治療には医師の同意書というものが必要で、しかもその有効期間は6ヶ月間だけです。また、鍼灸保険治療に関する法律には簡単な言葉で書くと「お医者さんの治療を受けてもあまり効果が得られない慢性疾患」とあります。実際我々のところに治療に来られる方はお医者さんで2年も3年も通ったけど、または手術までしたけど芳しくない、というような方が大勢おられます。しかし、お医者さんが治療してもなかなか治らない慢性疾患を6ヶ月でどうにか治しなさい、というのです。このように鍼灸治療は多数の国民が利用しているにも関わらず、西洋医学に比べ、ハンディを背負っています。これらの多くの問題が早く解決されるように努力が必要だと思います。

The History and Future of Acupuncture

1) The Introduction of Acupuncture into Japan, in Generally Heian Period~Edo Period

About three thousands years ago, acupuncture began in China as Chinese medicine and a method for living well, as one part of Eastern Medicine. It is said that in the year 414 a doctor who came from Silla , one part of present Korea, in order to cure the Emperor used acupuncture first in Japan. Then many books on medicine imported by Japanese envoi to the Tang Dynasty and other people, and in Nara period,791, the office of Acupuncture expert was decided.

In Heian period, by the time Japanese envoi to Tang Dynasty was ended by following the advance of Sugawara Michizane in 894, the Japanese culture experienced its maturity. Then in 984 Tanba Yasuyori, an expert on medicine and acupuncture, had written “Ishinpou” in 30 volumes, the first Japanese books of medicine, and made up the germ of Japanese medicine. (There is a hall called Iseido in Imakumano, Kyoto City, in 1984 Japan Medical Society erected a monument to commemorate the historic distinguished doctor and millennium anniversary of Iseido. Japanese medicine began with Tanba Yasuyori. If you have a chance to go nearby, please visit the place.)

Since then, many renowned doctors contributed acupuncture to people’s health by means of acupuncture. In Edo era, Sugiyama Waichi, an acupuncturist who was ordered to promise skills on acupuncture by Shogun Tsunayosi, developped Japanese acupuncture. This method uses narrower tube for acupuncuture and this enabled patients to lessen their pain on sticking needles. Thus Japanese acupuncture has developped originally. About the same time, Western medicine came into Japan and doctors from Europe studied acupuncture during thier stay in Japan, then after they went back thier home, those doctors introduced it to thier countries. Phillip Franz von Shiebold, a famouse doctor in japan also now who worked at Dutch trading house in Nagasaki, was one of them. Thus, in japan, Eastern and Western medicine had effects on each other and Japanese medicine has developed. 

2) Meiji Period – Early Showa Period

In Meiji period, not only medical care but olso everything traditional was excluded under westernizing policy of the Meiji Government. In 1874, Medical System was announced and the seven subjects of Western medicine were defined, but no Chinese medicine was included. At that time, the Department of the Interior made the examinations on the effects of both Western and Eastern medicine upon sufferers from beriberi.

But it can be said that such experiment ignored the characteristics of Eastern medicine and work in favor of Western medicine. Then in 1880, the regulation of traditional medical therapists were announced, so Chinese medicine was totally banished from medical system.

Eastern medicine, however, didn’t yield to the policy of the government. It had helped people improved their conditions and enhanced the movement for the continuance of Chinise medicine. 

On the other hand, government set up a section for vocational education in schools for the people with visual and speech defect, when they ranked acupuncturist as an occupation for those with visual defect. Before Meiji period, massager had been widely accepted as an occupation for visually disabled people, and under the policy of Meiji government, acupuncturist added to it.

But it is ironic that inspite of such administrative pressure, the effects of acupuncture had established then by various kinds of examinations and tests for treatment effects of Western medicine, which had excluded acupuncture. 

3) The World War 2 – Now

After the World War 2, Douglas MacArthr, the general of American Occupation Army, orderd Japanese government to prohibit acupuncture, massage and so on. This brought Eastern medicine in Japan to a crisis of extinction, but at that time, not only acupuncturist but also some doctors made their efforts to continue acupuncture. This movement lead to the law on acupuncturists. In this law, acupuncture midicine was first officially recognized as one part of present medical system. 

Since then, the many studies and experiments on acupuncture has done by many people. Here in Kyoto, physiological section of medical department of Kyoto University was a pioneer in the field of acupuncture and basic ideas for today’s theory. And many acupuncture society, the academic society of acupuncture and schools for acupuncture were set up and the foundations of them were built up. This leads to first international congress of acupuncture in Tokyo, Japan, 1965.

In 1970’s, the report of anesthesia by acupuncture method in China caused worldwide acupuncture boom, and acupuncture became admitted in European and American countries. Then the international congresses of acupuncture have been held every four years, in Beijing, Paris, Kyoto, NewYork and so on. Thanks to those accomplishments, WHO(World Health Organization) evaluated the developments and effects of acupuncture and observed acupuncture to be effective against more than 40 diseases. This shows acupuncture is no lomger medicine in East Asia but medicine for the world. 

4) The Present and Future of Acupuncture

Thus acupuncture has acquired the global position for this few decades. So I have ever heard that, for example, in France and NewZealand, many people take acupuncture treatment not only for stiffness on shoulders or lower back pain, but also for reducing the amount of thier medicine, pills or injections. Most of those people say yes to acupuncture. And I have ever heard that, in Italy, they make a trial test calculation of using acupuncture more often as alternative medicine, for migraine and so on, to know how much medical bill they can cut down. In Western countries, Eastern medicine is new one, and they introduce good medical care. In fact, every time I tell a foreigner that I am an acupuncturist, no one asks me what it is. For acupuncture is so popular all over the world. 

Eastern medicine makes much of “Qi”. Qi, however, can not be able to be seen, so it is very difficult for modern medicine to grasp it, which hinders the study of Eastern medicine. In fact, when some patients say, “I’m having acupuncture thrapy”, they are often told that they are just deceiving their pains by another pain of acupuncture. It is true that suggestion and placebo work on us. So in United States, they have been actively trying to apply acupuncture to animals and in Japan, especialy to cattle, for example on cows to milk well, for such suggestion doesn’t work on them, and this have shown great effects. Considering these facts, in spite of not explaning qi enough, it is admitted throughout the world that Eastern medicine is surely effective.

The concept of qi is also tried to explain by a few but eanest doctors. For exanple, Kirlian photography. When you put your fingers on light-sensitive paper and have an electronic current pass at high frequency and high pressure, the electricity radiated by your fingers top comes out. and this photograph gives you idea what parts of your body have problem. This is very close to the concept of “Ryodoraku” in Eastern medicine.
Moreover, it is very surprising to see this photograph can be taken after one’s death. When a person dies old of some disease, the photograph can be taken for about 36 hours after the death, for a couple of days when a person killed in a accident, and nearly up to a week when a person kills oneself. These seem very different from the idea of Western medicine that the death of the body is simply the death of the whole living things. It is rather close to the idea of reincarnation or soul. But we must consider what these scientific evidence are on which modern medicine has its basis.

Well, let’s go back to the main point. How about here in Japan? 7 percents of whole population, from infants to the elderly, have experienced acupunpture therapy. Please do not hesitate to try, because of fearfulness or painfulness, such a safe and wonderful acupuncture therapy having no side effects. Most of the new patients say acupuncture causes not more than just little pain. So please try it! Recently more and more doctors like Eastern medicine. In fact, in a certain Umiversity of medicine attached hospital quite foreign to Eastern medicine, surgeons use acupuncture to controle pains after operation, and a internist take Chinese herbal medicine when they catch cold.

Maybe you are worrying about the cost of acupuncture. Surely there are several restrictions to cover your treatment by health insuranse plans now, and this prevents acupuncture from popularizing. For instance, health insurance can cover only treatment for 6 diseases, low back pain, cervicobrachial syndrome, frozen shoulder, rheumatism, neuralgia and cervical vertebrae ( so called whiplash ) . While WHO observed acupuncture to be effective against more than 40 diseases, only 6 diseases are accredited in Japan, where acupuncture has a long history since 414.

Moreover, if you want to cover your treatment by health insurance plams in Japan, you need written agreement by your doctor, which is valid only for six months. And the law against acupuncture covered by health insurance says that acupuncture can be apply for persons with the diseases which modern medicine have had little effects on.

Actually there are many patients who have had a few years of treatment of Westera medicine or had operations but haven’t recovered completely from their disease yet. How can acupuncturists manage to cure these chronic illnesses in six month ?

Thus many people use acupuncture, but compared with Western medicine, it has alot of disadvantages. We have to try hard in order to solve these problems.

Written by K. Nakamura and translated by W. Furuno

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