過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome:IBS)は、主として大腸の運動および分泌機能の異常で起こる病気の総称です。検査を行っても炎症や潰瘍など目に見える異常が認められないにもかかわらず、下痢、便秘、ガス過多による腹部の張りなどの症状が起こります。以前は大腸の機能の異常によって引き起こされる病気ということで「過敏性大腸症候群」と呼ばれていましたが、最近では、大腸だけではなく小腸にも関係することなどから「過敏性腸症候群」と呼ばれます。
症状の現れ方によって、不安定型、慢性下痢型、分泌型、ガス型の4つに分けられます。排便により、しばらくは症状が軽快するが、またぶり返します。
しかし、最近は基質的な異常を唱える論文が出ています。それは混合型と便秘型に顕著に腸管の形態以上が認められているという報告があります。
確かに便秘を伴う場合、腸管がねじれて便塊が通過しにくい状態であれば、その傾向が現れても不思議ではありません。しかしながら私達のところへ来院されるほとんどの方が、実は便秘ではなく、ガス型です。便秘は、便秘薬を服用すれば何らかの解決策が見いだせる場合がほとんどですが、問題は何と言ってもガス型と下痢型なのです。ガスを日に数十回もよおすと、日常生活に支障をきたします。私たちは、これらの疾患は自律神経の働きによるものと考えています。交感神経が優位になった時に、それを正常な状態に戻そうと副交感神経が更に強く働きますが、その時に急激な排泄反射を起こし、腸管の動きが活発化するために、水分吸収されてない便が早く移動したり、ガスが肛門付近に急に押し寄せるのです。来院された方々にはそのしくみを更に詳しくお話していますが、下記に挙げる様々な改善例から、本症に対する鍼灸の効果を理解していただけたらと思います。中には改善が困難な場合もありますが、症状がひどいと生活の質が低下し、行動が狭まり、精神的にも大きな苦痛を伴います。
また最近は腸内フローラ(細菌叢)が注目を浴びています。正しい食事や生活習慣が善玉菌の育成には不可欠であり、そういう方面からも改善に取り組む必要があると思いますが、是非とも症状鎮静まで、根気よく取り組んで頂きたいと思います。
混合型過敏性腸症候群
日本滞在中に発症した混合型過敏性腸症候群・24才、男性、アメリカから
初診時に「Sensitive Intestine Syndrome(過敏性腸症候群の英名)」との事。来日(4ヶ月前)以来、食習慣の違い、様々なストレスで発症。発症当時は混合型(ガスと下痢)及び下腹部痛。下痢はビオフェルミンの服用で鎮静化。初診時はガス型に変化していた。毎食後1時間あたり十回を越えるガス。食事が怖く、2ヶ月で5kgの体重減少。発症から日が浅い(約4ヶ月)事もあり、治療3回で、食後のガスが「約3回/時間」に激減し、腹痛も改善。あまりの早さに、本人はかなり喜んでおられた。その頃、薬剤をビオフェルミンからサルファ剤に変えたこともあり、その後良好となる。
この患者さんは、発症から日が浅いことと、油ぬきの食事を実行され、鍼治療と薬剤で改善された。しかし「ビオフェルミン」は英語では「バイオファーマン」というらしい。スペルを見ると、確かに!
小学生から発症した混合型過敏性腸症候群・19才女性、学生
12才頃より緊張すると腹痛を起こした。また下痢やガスが増え始める。高校1年生時に内科で投薬を受けるも1週間でガスも軟便もひどくなりすぐに中止した。その後、カイロプラクティックに3ヶ月通院するも改善せず。鍼灸も7、8回受けるが僅かにマシな程度。この状態で来院。
治療開始半年で、ガスは半減、腹痛は3割程度、下痢は1〜2割にまで改善。春休みにサイクリング部の合宿に行けた。その後、春休みに帰郷されてから通院は途絶えた。
ガス型過敏性腸症候群
十年以上続くガス型過敏性腸症候群・25才、女性、事務職
中学時代にガス型が発症。大きな病院を受診するも「空気を飲んでいるだけ」と治療無し。高校時代に腸ファイバースコープ検査、胃カメラ検査で異常なし。その後、薬局で漢方薬を服用し、症状半減するも、持続せず。医院で呑気症、気滞症とのことで漢方薬処方されるが2週間で体調不良となり中止。他院で腸内洗浄を行うが効果が持続せず。心療内科を受診し抗うつ剤服用も、効果無し。
食欲はあるが胃もたれが激しく少食。ガスがたまると背部痛。便は太さ2cmくらいの短い物が切れて出てくる。ガスが出ないときはしゃっくりが出て止まらなくなる。治療開始した頃は治療中もしゃっくりがしばしば出現していた。生理の周期に合わせて顕著に症状が変化する(生理前と排卵期に悪化)。ガスは、多いときは日に三十回以上。またガスを我慢すると、まわりに聞こえるほどの大きな腹鳴がある。
これらの症状が毎日とぎれることなく存在するので、公共の交通機関に乗れない、仕事が苦痛、デートが出来ないといった状況で、心理的なストレスは計り知れない。
治療開始から約1年が経過して、症状の小さな波、大きな波がありながらも徐々に良好となり、症状は半減。しゃっくりは完全に消失。何をやっても効果が続かなかったので、徐々にではあるが快方に向かっており、デートも出来るようになり「人生の希望が見えてきた感じ」と喜べるまでに回復。その後も定期的な治療をを行い、最終的に完治。治療終了後は茶道の合宿なども快適に過ごされた模様。その後異なる症状で通院されたりしたが、症状は全く起こっていない。その後ご結婚され、お子さんも出産され、幸せに過ごされている。
大きな腹鳴を伴うガス型過敏性腸症候群・27才、女性、事務職
12年前に発症。多い時には10分おきにガスが出る。心痛のあまりパニック障害となり、心療内科でパキシルを処方されたこともあった。今は大人になり、向精神薬は服用しなくなったが、ガスが腸内を移動する時の腹鳴は依然としてひどく、3m離れていても十分に聞こえるほど。腹部の膨満感も強く、仕事が毎日できない、外食出来ないなどの苦痛を伴っていた。また生理不順(周期35〜60日)もあり、その治療も並行して行った。
治療は4〜5日毎を目標として、腸の症状は約2ヶ月でわずかの改善を感じ始め、8ヶ月位でほぼ気にならなくなった。月経もその頃には28〜35日周期くらいに落ち着いていた。治療開始後1年を経過して、ちょうど1年で月経良好、腹部症状も当初の2/10程度の安定を見て終了とした。バイオリンがご趣味であり、その後オーケストラにまで出られ、快活な生活に戻られた。
ガスが漏れ続けるガス型過敏性腸症候群・37才、男性、自営業
約20年前より便秘気味で、ガスが漏れることに気づいた。学生時代大きな教室で、自分のガス臭が周りに存在していることに気づいた。その頃、内科、肛門科などを受信するも効果なし。就職して、上司よりガス臭を厳しく指摘され、反論できず退職した。その後、工場に勤務。サプリメントなど約50万円も使ったが、根治には至らない。この症状について有名な薬局で薬を買って服用し、ましになるも根治せず。人と一緒にいることがもはや不可能な状態であった。毎日が軟便傾向で残便感が強く、朝のみ5回トイレにいく。この状態で来院。
ここまでこじれていると相当の期間が必要であるとお話したが、治療開始から5ヶ月程度で明らかな改善を見た。その後、時折来院されたが、当初のようなレベルには程遠く「気のせい」レベルであった。実はこの方、最初の頃は、治療室に入られるとかなりな臭いが治療室に充満し、消臭剤を撒かないと次の方に入室してもらえないレベルであった、、、とは、治療開始して、症状が改善してからご本人にもお話したことだった。
授業中が苦痛なガス型過敏性腸症候群・23才、男性、大学生
高校2年生時より、授業中の腹鳴がひどくなり、特に人前でひどく朝からゆううつな日々を過ごしている。治療は5〜7日間隔で行い、徐々に改善を感じ始めて、治療開始から2ヶ月で2泊3日のテニス合宿に行ったが、おもったほど苦痛にならず、終了とした。
生活のリズム改善で終息したガス型過敏性腸症候群・22才、女性、大学生
中学2年生の頃から、ガスが溜まりすぎて不本意に出そうになる。腹鳴もひどい。高校3年生まで徐々に悪化していたが、大学に入り更に悪化。授業中の頻尿(尿意頻回)も起こっていた。大学の検診センターや三つの内科を回るも、気のせいと言われたが、次の病院で投薬を受けかなり改善。しかし日によって症状の差が激しく来院。開始半年で波はあるも、かなり改善。また、就寝を早めたら症状が沈静化することも実感し、生活リズムを守りつつ終了とした。
パニック、うつに発展しかけたガス型過敏性腸症候群・22才、男性、学生
15才高校へ進学してガスが溜まって腹痛を起こすようになった。乳酸菌、漢方薬、内科にて服薬数種を用いるも徐々に不良となり、パニック様の精神状態となる。高校卒業後、うつっぽくなり心療内科でSSRI製剤を処方され、ストレスや症状は減少。20歳になり根本的な改善を目指し、再度内科を受診。諸種服薬するも効果なし。オリキュロセラピーではメンタルの状態は改善されたが、腹部症状は改善せず。2〜3年計画での医学部進学を目指して予備校に通い始め、当院に来院。
初診時は、そういった症状に加えて常時軟便であった。治療開始から10回の治療で、腹部の症状は半減した。治療開始から約3ヶ月経って、5教科7科目の過酷なセンター試験も無事受験できた。その後、症状の多少の上下もあるが、当初に比し上々との事で治療開始から半年で終了とした。
会議や仕事に支障を来たしていたガス型過敏性腸症候群・32才、女性、会社員
高校一年ころから腹鳴やガスの移動を感じる頻度が増加。大学卒業就職でずっと座って仕事をして、また会議中などでも1、2時間毎にガスをもよおし、腹鳴を常に気にしている。便通は日に2〜3回で軟便。転勤とともに通勤時間が長くなり苦痛が増加。この状態で来院。治療開始から4、5回で波があるものの効果を実感し始めた。適宜治療を修正しながら経過を見て15回の治療で、自覚症状は初回に比し3〜4割となり、治療間隔を10日から2週間へと空けてみたが、症状はひどくならなかった。仕事などでもさほど苦にならなくなったのでここで終了とした。
中学生から腹痛、下痢を伴いガスが頻発するガス型過敏性腸症候群・23才、男性、学生
中学2年生からガスが頻発し、腹痛や下痢を伴っていた。心療内科で安定剤を処方され高校生でも服薬。しかしガスは終息せず、大学入試に至り腹痛も再燃。大学在学中は、2〜3分毎に腹部に異変を感じた。治療開始後、5回で休日はかなり軽減。3〜8割の症状で上下していたが、治療17回目で治療方針を転換。その直後から大きく改善し、症状は4〜5割で安定。治療開始から半年で「このくらいなら治療の必要を感じない」というレベルになり、一応経過観察とし、予後が良ければ終了とした。
中学生から腹部に張りを感じ徐々に悪化。大学を休学した過敏性腸症候群・19才、男性、学生
中学3年生からガスが頻発し、腹痛や下痢を伴っていた。高校を継続不可能となり通信制に転校。心療内科で服薬するも改善せず不良は続いた。折角入学した大学を1回生2学期から休学。この状態で来院。症状がかなり強かったものの治療開始5回で改善が始まり、10回でかなり良好になり治療間隔を広げた。その後も症状のぶり返しもなく、計13回で良好となり、復学の自信もついて終了とした。
19才から自覚、約20年間続く過敏性腸症候群・40才、女性、医療事務
19才頃から腹部の張りを自覚し、通勤が苦痛となっていた。お腹が張りガスが漏れるのを自覚。会社にいるのも苦痛となる。動き回る仕事のほうが良いと、病院の医療クラークに転職。その後ずっと症状の上下を繰り返していた。来院前月より、バスにのること、仕事が辛くなってきた。
来院時には、腹部の張り、夜間の下痢と腹痛。便秘するとガスが増える。乗り物で人が多いとガス漏れがひどくなる。この状態で来院。治療8回で下痢や便秘がましになり、日々普通に排便し、症状も半減。16回の治療で、症状はコンスタントに3割以下に収束。その後約3週間経過を見たが症状の再燃がなく、本人の希望により一旦治療終了とした。
12才から寛解と再燃が続く過敏性腸症候群・42才、女性、受付事務
中学1年生頃よりお腹の張りや痛みを感じ、トイレに行っても排泄が出来ない。冷えると増悪。大学からは良かったが、30才頃から職場のストレスで再燃。以後、職場をいろいろ変わった。今も、周りの人が気になる。職場に入ると不良。軟便とガスがある。この状態で来院。
治療8回で苦痛が半減。その頃の服薬はストッパとビオフェルミン。10回の治療を経た頃より更に良好となり、治療感覚を2週間おきとした。最終的に15回の治療で、ビオフェルミンのみで苦痛は初回に比し3〜4割となり快適とのことで、治療を終了し、経過観察とした。
下痢型過敏性腸症候群
対人的緊張で悪化する下痢型過敏性腸症候群・30才、男性、会社員
24才頃より下痢型の過敏性腸症候群との診断を受け、内科にて投薬(漢方薬、頓服を含む4種類)を受け、ある程度症状は鎮静。しかし昼食後に必ず下痢や軟便、また初対面の取引先と会ったりすると顕著に下痢となる。
治療開始1ヶ月を超えたあたりで、昼食後の便意が消失したり、トイレに行っても普通便となった。治療開始4ヶ月頃より下痢がほとんど消失。開始半年でほぼ良好となり、その後お見合いやデートを経ても、症状が再燃すること無く終了とした。
日々水溶便が常態化した下痢型過敏性腸症候群・42才、男性、会社員
3年前より徐々に軟便となり、2年前より悪化。現在は、ほぼ毎日が水様便、時として軟便、という状態で来院。奥様が当院に通院されていて、トイレの掃除が大変で何とかしてほしいとご相談頂き、ご主人に受療を勧められた。6〜7回治療後、下痢が顕著に減少し週に1、2度になる。治療開始後4ヶ月で下痢はほぼ消失し、日々快便となる。通院中の奥様も本当に喜んでおられた。
出勤前のみ症状が出現する下痢型過敏性腸症候群・50才、女性、介護職
もともと時折来院されていたが、ある日、出勤前に下痢をするようになったと来院。聞くと、出勤前に必ず下痢になり、5〜15回もトイレに行く。急遽、いつもの治療よりこちらを優先することにした。発症からまだ2、3ヶ月しか経過してなかったので、治療5回で速やかに改善を見た。
便秘型過敏性腸症候群
頑固な便秘型過敏性腸症候群(または習慣性便秘)・21才、女性、保育士
5年前より便秘傾向が始まる。短大に進学してから寮生活となり、生活のリズムが乱れて悪化し、この頃は排便が4〜7日に1回。就職してから、生活のリズムが整うが便秘は改善されず。近医で便秘薬を処方されるも下痢っぽくなり中止。黒酢、梅肉、プルーンなど試すも改善せず。毎週休日に自宅で腸管洗浄を行うようになる。この状態で来院。
初診時、聴診すると腸蠕動音がまったく聞こえず、極めて腸管が動いていないように思われた。治療開始3ヶ月で平日にしばしば快便な日が現れる。治療開始5ヶ月で、出ない日が週に2日ほどになる。治療開始半年で一旦終了とした。その2ヶ月後に肩こりで来院されたが、便秘は再燃しておらず、左下腹部に便塊も触知できず、極めて良好な状態を維持されていた。