ところで円形脱毛症が自己免疫疾患だというのは、周知の事実ですが、本当はこのお話を前ページの制御性T細胞のお話より先にすべきだったっかも知れません。完成したら順序を入れ替えます。
私達の体には免疫というシステムが備わっています。これは外からの侵入者(真菌、ウイルス、細菌、寄生虫)に対抗するバリアのようなものです。このバリアが正常に働くために、免疫は複雑な機能を有しています。
まず自然免疫。この自然、という言葉は「生まれた時に既に持っている」という意味です。この対義語に「獲得免疫」という言葉がありますが、これは生後獲得した性質という意味です。自然免疫と似た言葉に、細胞性免疫という言葉があり、獲得免疫ににた使い方に、液性免疫という言葉があります。捉え方がことなるだけでどれも同じものを指す言葉だと思って下さい。獲得免疫は、初動(この時に抗体が作られる)時の一次免疫応答と、免疫記憶が作動して速やかに抗原を貪食に導く二次免疫応答に別れます。
さて、自然免疫は主に3つの細胞、マクロファージ、NK細胞、好中球が、外から侵入した異物をまず貪食破壊します。貪食というのは細胞が異物を中に取り込んで消化してしまうことです。この機能の他、特に樹状細胞が異物を消化しその断片を提示すると、T細胞により抗原とみなされます。この提示された異物の断片の「異物である」と認識される分子構造を「抗原決定基(エピトープ)」といい、この分子構造を認識し、これと同じ構造を持ったものを抗原とみなします。
難しい言葉で言えば「エンドサイトーシスされた異物はファゴソームやプロテオソーム内で加水分解され、MHCクラスⅡとして抗原提示される。そしてその抗原決定基を認識したCD4Th2細胞は、B細胞と相互作用を起こしB細胞の分化を促し形質細胞をクローン増殖開始させ、抗体産生を促す」ということです。続いて起こる抗原抗体反応が獲得免疫となります。
さて、殆どの病原体の侵入は自然免疫の段階で終了します。実は私たちはそれを実感することなく、日々生活しているのです。しかし自然免疫で撃退しきれない状態になると私たちは「発病」と認識します。そして産生された抗体により、免疫の一次応答が始まります。抗体が作られるのは数日を要するために、どうしても何日間か辛い日が続きます。インフルエンザにかかった場合などを想像するとわかるでしょう。同じ季節に同じインフルエンザにかかることがない、もしくはかかってもすぐに収束するのは、この抗体が記憶され、ウイルスの再侵入にはすみやかに二次免疫応答が始まるからです。
話を脱毛に戻します。まず私達の体はこの病原体「非自己」を認識することから始めます。が、そのためには病原体を知る必要があります。人体最大の二次リンパ組織である腸管は、そのためのシステムを持っています。腸管にあるM細胞というものが、病原体の侵入を敢えて許しているのです。そのM細胞の下には、樹状細胞と呼ばれる貪食細胞がいて、これは貪食もするが抗原提示をも活発に行うので、入ってきた異物をすぐさま分解処理してその表面に病原体の抗原決定基を提示します。この組織はそれに特化していおりパイエル板と呼ばれます。それによりすぐに獲得免疫が始まります。腸管における免疫作用はこの後もまだまだ続きますが、これらの現象を脱毛症と比較してみましょう。
さて皮膚は極めて強力なバリア構造を持っています。病原体、異物などとの接触機会は24時間全身で起こっていると言えます。しかしその表面には皮膚常在菌がバリアを張り、また角化(皮膚の垢を作ること)は、皮膚の外側に層を作ります。こうして強固なバリア構造を有しているがゆえに、皮膚における病原体の認識は困難です。そこで毛嚢が腸管におけるM細胞と同様の働きをしていると考えられます。毛嚢周辺にはランゲルハンス前駆細胞(これは樹状細胞の兄弟だと思って下さい)を呼び寄せるしくみが存在し、そこでランゲルハンス細胞への成熟します。つまり未成熟(ナイーブ)な免疫細胞が成熟(各機能に特化した状態)するのですから、毛嚢は腸管同様の二次リンパ組織としての側面を有していると言えるでしょう。そして成熟したランゲルハンス細胞は、毛穴から進入する異物や病原体を感知し、害になるものならないものを分別します。(害にならないものまで異物と認識するとアレルギーに発展します。)それにより皮下では腸管の内側同様の現象が起こり、もし毛嚢以外でも病原体が侵入したら即座に対応できるような二次応答が準備されます。また毛穴に紛れ込んだ異物の中で大きなものは髪の伸長とともに外に排出されます。毛髪表面のキューティクルには、順目と逆目があり、毛穴に入った異物の排出に役立ちます。また何かの変調をきたした時、それは毛穴からの異物の排出をしっかり行わなければならないかも知れないので、キューティクルが毛羽立つ(髪がぱさつく)と考えられます。毛包炎(毛穴での炎症)で白い小さな膿の塊ができますが、これは好中球が自然免疫で異物を貪食した痕跡です。つまり毛穴では常に、病原体との格闘が起こっているのです。
問題はここからです。毛包内では病原体の分別が行われていますが、この抗原決定基がたまたま毛母細胞または毛球部の提示する「自己」の目印(専門用語ではMHCクラスIに乗った自己)と極めて類似する場合があると考えています。これを「分子擬態」といい、つまり脱毛症が起こる前に、毛母細胞や毛球と分子擬態を起こすような何かしらの病原体の抗原決定基がそこに存在してしまうと、これらの細胞の「自己」を、病原体の「非自己」と見誤って免疫系が作動してしまうと思います。しかし毛包部はMHCクラスⅠを提示しないと言われています。つまり免疫特権を持っているのです。また「TGF-β(トランスフォーミング増殖因子β・マクロファージ活性を抑制する)」は恒常的に発現しており、かつ「Fas-L(Fasリガンド・CTLが標的細胞をアポトーシスに導く二つの機構のうちの一つの役割を果たす細胞表面分子)」も発現しています。またCTL以外にもCD4 Th1/Th2によるサイトカイン分泌による影響(マクロファージやB細胞の活性化)などもあり、もう私の頭の中は、今や大混乱を起こしているのです。
発生初期にはリンパ球、特にCD4TCellが浸潤し、どうして上記のような発展形を取っていくのか、もっと勉強して、わかればまたお知らせします。しかし「分子擬態」が正しいとすると、自然免疫は私達の気づかないところで終息しているので、脱毛症が起こるどれくらい前に、どのような病原体が原因で分子擬態が起こってしまったのかは、まったくわからないのです。更には脱毛症自体軽度な状態では殆ど受診されませんので、その直前に何かの皮膚炎に罹患したかどうか、患者さんの記憶をたどることも困難になります。一つ想像できるのは、円形脱毛症は再燃と寛解を繰り返す場合が多いので、上記の免疫特権に波が生じているのではないかと思います。
また円形脱毛症はよく遺伝すると言われていますが、実際に3〜40%に遺伝性を認めており、また一卵性双生児において発症する場合は過半数が両方とも発症するとされていますので、遺伝的な要因は否定出来ないでしょう。ところで円形脱毛症に関する遺伝子座はいくつか存在しますが、このうち第6染色体上のHLADQB1 03が脱毛症患者に多いと言われています(注)。HLADQB1は、ヒトMHCクラスⅡ分子の一種であり、このアロタイプは多型で66種もあり、そのうちの03が多いと言われています。となると、上記のMHCクラスⅠの免疫特権の破綻、クラスⅡのタイプの発現あたりのしくみに何かしらの問題点がありそうです。
ところでこの分子擬態を逆手に取って、局所免疫療法が行われます。つまり、今度は毛母細胞を誤って攻撃してしまう免疫細胞を、再度違う方に向けさせるわけです。それで発毛が促進される場合が多々ありますが、その治療が終わり、皮膚科を終了してから再度悪化して鍼灸に来られた方が沢山おられます。この時点で患者さんは皮膚科への通院を止められますので、どれほどの再発例があるかは、皮膚科では把握しにくいことになります。
続いて、当院で行うスーパーライザー(以下、SL)の星状神経節照射ですが、これは免疫機能に作用することは論文で出ていますが、例えばT細胞と言ってもヘルパー、キラー、NKT細胞、制御性T細胞などの分類があり、SLがその分画をどのように調整するのかわかりません。が、花粉症などのように、抗体とマスト細胞が接続して起こっている即時反応から、脱毛症までひろく改善効果を認めています。その作用機序については、まだまだ今後の研究を必要としますが、一旦、このあたりで現在の私なりの思考をお知らせしておきます。
下の写真は、私の愛読書とも言うべき免疫学の本の1ページ。HLAの部分を掲載しておきます。いつもこんな本を読んでいます。(H28.7記)