ところで、西洋医学的にもこの疾患を免疫学的に研究しています。いろいろありますが、例えば浜松医科大学の研究(要旨)
「初期の円形脱毛症の病理組織像では毛包周囲にリンパ球が密に浸潤しており、毛包のimmune privilegeが破綻されることで自己免疫性脱毛がおこると考えられている。我々は、健常人の毛包のimmune privilegeの維持のために制御性T細胞(regulatory T cell、以下Treg)が重要な役割を演じており、その機能や数の減少がimmune privilegeの破綻とそれに引き続く円形脱毛症の発症において一定の関与があるのではないかと考えた。そして、その治療としてsquaric acid dibutylester(SADBE)など強力な感作性物質による局所免疫療法が有効であることが知られているが、その機序については不明な点が多い。
昨年度までに治療前の脱毛症患者から皮膚生検によって頭皮組織を得た。さらに局所免疫療法を行った円形脱毛症患者において、発毛を認めた部位より検体を得た。健常者コントロールとなる頭皮については、頭部の皮膚腫瘍切除術で得られた検体の健常部位を使用した。検体より凍結切片を作成しCD4とCD25に対する抗体を使用した免疫組織化学染色における2重染色により、Tregを同定した。さらにTregの活性化に必要なFoxp3の発現についても同様の検討を行った。
これまでの研究において、健常人の毛包周囲にはリンパ球浸潤はごくわずかであるが、成長期毛の周囲にCD4+、CD25+細胞を認めた。一方、円形脱毛症の病変部における毛包周囲にはいわゆるswarm of beesと呼ばれるCD4+T細胞が密に浸潤していた。その多くはCD25-細胞であった。一方、局所免疫療法を施行し、発毛を認めた部位では毛包周囲のCD4+T細胞は減少していたが、一部にCD4+CD25+T細胞を認めた。すなわち、局所免疫療法を施行することによってTregが浸潤し、自己反応性のT細胞の活性を抑制することで、毛包に対する自己免疫反応を抑制している可能性が示唆された。
さらにFoxp3の発現も同様の傾向を示した。統計的な差を検討するためにはさらなる検体数が必要である。また末梢血でもCD4+CD25highの細胞の増加がみられ、局所免疫療法が全身の免疫反応に対しても影響を与えていることが示唆された。よって局所免疫療法が制御性T細胞を増加させることが治療効果の機序の一つであると思われる。」(注)
に見られるように、制御性T細胞の減少が良くないとされています。同じTregの減少が局所的に影響及ぼす疾患として「不妊(着床障害及び妊娠維持障害)」が挙げられます。私たちはすでに、毎回鍼灸に星状神経節へのレーザー照射を併用することにより、着床率の有意な向上を見ており、脱毛症治療においてもその作用機序が一致しているなら、やはり一定の効果を有することは矛盾しないと言えるでしょう。
さて薬剤による星状神経節ブロック(麻酔)の反復ではT細胞とNK細胞が増加することが判明しています(注1)。それよりやや緩やかとはいえ、近赤外線による星状神経節照射の単回施行では、逆に末梢血NKの細胞の活性低下が観察されます。これをどう説明したら良いのか難しいところです。さて、毛根に対する過剰な免疫反応が脱毛の原因であるなら、毛根部分である種の免疫担当細胞が増加すると良くないのではないかと考えられますが、上記論文のようにT細胞にもいろいろな種類があり、どの種類が増加するのかは、現時点では判明していません。しかし他で述べたように不妊における着床率の上昇や脱毛症の改善例を見ると、T細胞の単なる増加ではなく、様々な誤作動を正常化しているとしか思えないのです。
では、同様に星状神経節(は施鍼部位としてはやや危険なので、その近傍に施鍼通電)に鍼をすればどうなるのかと言えば、実はレーザー照射とはまったく異なる反応が得られています(注2)。その反応はまた違ったシーンで利用されますが、こと脱毛症に関しては、鍼灸・レーザー併用に軍配が上がります。
(中村 注)CD25は制御性T細胞が表面に備えている分子。制御性T細胞の増加をさらにきちんと証明しようとすれば、制御性T細胞の表面のCD4とCD25の検出だけでなく、Foxp3という遺伝子マーカーの検出も必要となる。
注1(日臨麻誌Vol.14 No.5 滋賀医科大学麻酔科 薦田恭男「星状神経節ブロックの免疫能に及ぼす影響」より)
注2(明治国際医療大学誌6号:11−19安藤文紀「頚部交感神経幹近傍鍼通電刺激の鼻部皮膚温に及ぼす効果」・安藤先生は私の恩師です)
さらに難しい話になります。専門家向けです。