日々の診療の様子をお伝えします
スティーブンジェイグールド著「パンダの親指 進化論再考」について。
鍼灸に不妊治療を求めて来院される方が大勢おられる。
鍼灸は東洋医学であるが、不妊の原因がある程度推測される場合には、私は出来るだけ合目的的な治療を心がける。
例えば卵子の質。
高度生殖医療において顕微鏡で判別できる卵子の質は、多くの場合染色体の状況(極体の有無)から判断された成熟未成熟の区別であろう。しかしながら卵子の質を論じるなら、もうひとつ細胞質の質を避けて通る事は出来ない。
排卵される4ヶ月前から変化し始める卵子(正確には卵子の付随物としての卵胞ー更に言うなら卵子を取り囲む細胞群の増加と発達)が、初期胞状卵胞に至る前の体積の増加率、そこから排卵に至るまでの増加率を視野に入れないわけにはいかない。
初期胞状卵胞の以前と以後で分けたのは、顆粒膜細胞の増加と卵胞形成の過程による。それに関する議論は日を改めるとして、卵子表面は特殊な細胞接合により栄養供給を受ける。分子量千以下が基準と言われている。ならば卵子への栄養供給がもっとも効率的に行われる時期はいつか。
例えば体外授精における採卵で、その直前に集中して治療することは、前段のしくみから考えると左程卵子の質の向上に効果的ではないと言える。
卵子の質の向上にもっとも効果的な時期と方法は何か、それが頭から離れない。
そんな時、冒頭の書物にであった。
私たちは臨床を行いながら、しかしその結果を常に精査し続けなければ、新たな答えを導きだす事は出来ないし、その思考と方法が進歩する事も無い。
生殖と言う生物の生き残りをかけた最も大きなプロジェクトが、どんなコンセプトで種によって異なるやりかたで完成されているのかは、実はかなり俯瞰的なものの見方を必要とする。
産婦人科の専門書でも、細胞生物学の専門書でもなく、
「生き物はどうあるべきか、なぜそのような仕組みを持つに至ったか」
を考える時、始めて
「そうなっている」
のではなく
「そうなるべくしてなった」
ことが理解できるのであり、
それが未知の領域において、
「こうあるべきであろう」
という推察を生む。
そういう意味でこの書物は、生き物の仕組みの根幹を教えてくれるまるで指南書のような役割を果たしている。
中には私たちの臨床の心構えを示唆するような金言名句で溢れている。